December 31, 2005

2005年総括(エデンの東を中心に)

2005年の松本潤を振りかえると、何と言っても、舞台『エデンの東』と『花より男子』だったと思います。
そして、エデンの東が、もしかしたら彼の俳優人生の分岐点だったかもしれないと思うのです。
司落ちの人たちがおられるので、この舞台について少し書かせてくださいませ。

演出の鈴木裕美(ユミ)さんを、予備知識ゼロで初めてTVで見た時、
「私が男だったら、この人に惚れる!」と思ったのです。
私達と似たような年代の、仕事をしているごく普通の容姿の女性といった感じでしたが、
清々しいほどの正直さ、何でも吸収しようとする真摯な姿勢、本当の意味での優しさ・・・。
ああ、この人がエデンの東を演出するんだと、安心したことを覚えています。

その半年前のウェストサイドストーリーでベルナルドを演じた潤クンは、
華やかな舞台栄えする容姿や惚れ惚れするダンスが素晴らしかったのですが、
発声に難があり、セリフも硬く、
エデンの東ではどうなるかと思っていました。
しかし、幕が開いたら本当に素晴らしかった!です。
人間って、こんなに成長することができるんだ!と驚嘆しました。
3時間近くの舞台で、親の愛を求めて苦悩するキャルの心情を全身全霊で私達観客にド~ンと伝えてきました。
演出の鈴木裕美さんは、毎公演客席に座ってチェックしていたようです。
大阪の千秋楽で、潤クンが彼女を舞台に引っ張りあげ、ヨイコラショと上っていく姿が目に焼き付いています。
舞台を愛し、長い間培ってきたものを、潤クンに教え導いてくれた中年の女性。

潤クンは終了後ラジオで、「裕美さんとウマが合った。ものすごく感じ悪いんですよ、あの人。裕美さんよりは、オレの方がちょっと感じいい。裕美さんも、おまえよりは感じいい・・と言っている。基本的に人を信用しない人間が、人を信用してやることを覚えたら、楽になった。予定調和で自分の頭の中でイメージふくらまして頭でっかちになることをやめたら、すげー楽になった。」というようなことを言っていたのです。
それまでツッパッテ頑張ってきたのが、自分と同じように正直者で感じの悪い母親のような演出家の懐に、安心して身を任せることができたのかなと思っています。
「以前から彼女と一緒に仕事をしたいと思っていた」と言っていましたが、
潤クンが指名したのか、それとも、決められた演出家が偶然彼女だったのかわかりませんが、潤クンは人に恵まれている・・・というか、素晴らしい人を惹きつける・・・というか、はたまた潤クンと一緒に仕事をすると素晴らしい人になるのか。。。。。

エデンの東は、日経の劇評で誉められ、読売新聞で、「次世代を担う演劇界のゴールデンエイジ」の中に紹介され、今年活躍した演劇界の若手にも入っていましたね。
ジャニーズと言うだけで、どうしても軽く見られる風潮の中で、実力が如実にわかる舞台で評価されたことは、これからの仕事にも大きな影響があると思います。

今年の1月に、大阪のウェストサイドストリーの千秋楽の挨拶で、われんばかりの拍手と歓声の中、
やれやれやっと終ったよ~という感じのトニー役の翔クン、涙で声を詰まらせたリフ役の大野クンに対して、
潤クンは毅然と前を見上げ、「またウェストサイドストーリーのような舞台に呼んでもらえるような役者になるよう、精進していきたいと思います」と言いはなったのですが、
あの時の言葉を現実にさせつつある彼のすごさを改めて感じています。

道明寺司の思いっきりのよい演技と発声は、エデンの東で培ったものだと思いますし、この逞しさが感じられなければ、これほどのはまり役になれなかったのではないかと思います。

そして、賛否両論のミンテレ(=みんなのテレビ)から歌笑(=歌笑HOTヒット10)の司会ですが、
潤クンには苦手そうなこの仕事は、「彼のナルシズムを崩壊させることが目的ではないか」と、私が書いたことがあるのですが、
道明寺が終ってみて、この推論も当たっているかもしれないと思い始めています。
大勢のお笑い芸人さんや歌手たちを盛り立てるだけで、潤クン的においしいところがほとんどないに等しいこの番組で、自分を抑えている分、
道明寺で思いっきり発散した。
極悪人から、オバカ、可愛い、セツナイ、カッコイイ・・・まで、自分が持っているあらゆるものを爆発させることができた。
日頃から爆発できていると、演技の仕事でパワーが残っていないかもしれないですものね。

そんなこんな、今年の潤クンの主な仕事の総括ですね。
すべてが互いに影響しあって、良い方向に持っていっていると思います。

<星フリメインBBS>・・・左上のリンクからどうぞ。


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September 17, 2005

東京楽レポ

5月22日(日) 2時43分
東京楽、行ってまいりました。
当日券の最後列付近に何気に行ってみると、最後尾の母娘さんが、
「もう抽選は終りましたよ。百数十人くらいは並んだけど、当日券が50枚くらいしかないと言うんで、大勢が帰ってしまいましたよ。私達は65番だから、もしかして・・・と思って、まだ並んでいるんですけど」と言っていました。

なんと、隣の隣の席が、麻美さんでした。
彼女は、昼の部も見て、昼には、夏木マリさんと翔クンがきていたと教えてくれました。
私が見た夜の部には、V6の森田剛クンと三宅健クン、堤監督などを見かけました。

初めて見た時は、張り詰めた気持ちでしたが、今日は、余裕でしたね。
もう、立派に舞台俳優としてやっていけるという安心感のせいでしょうか。

ビックリしたのが、カーテンコールの最初の言葉、「えー終わりました」が、
直前まで芝居をしていた声とはまったく違う、小さな声だったということ。
普段の話し方と、舞台の発声が、あれほど違うものだということに、この時初めて気がつきました。

それ以降のメンバーの紹介など、キャスト全員、舞台発声でやっていましたが。。。
「このキャストで再演したい」と言っていたのが、潤クンらしいなあと思いました。
座長として、常にこういう気遣いをしているんですね。

カーテンコールを何度しても(投げチュウ、土下座も)、私達が拍手をやめないもので、
潤クンが、「三本締めで」と突然言い出して(打ちあわせにはなかったのかな?)、
キャストも観客もビックリの中、手が痛くなるくらい三本締めをして終りました。
演出家の鈴木裕美さんと脚本の青木豪さんも舞台に上がり、「この素敵な舞台をつくってくださった・・・」というような紹介を潤クンがしていました。

鈴木さんの、私達が普段着るような格好で、舞台上の潤クンと並んでいる姿を見ると、
私達女性も、何かの道をまい進していけば、こうして潤クンに並び、紹介されることがあり得るんだなあ・・・なんて思いながら、見ていました。

大阪の方々、お待たせしました。
もうすぐ、キャルがそちらに天使と悪魔の微笑みを持って行きますよ。
覚悟してくださいませ。


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September 11, 2005

人を信用するということ。

2005/06/06(Mon)
MIDORIさんがおっしゃる地味な芝居だっただけに、
見る側の心理によって、感想や着眼点もかなり違うものになるということですね。

キャルではなく松本潤に見えたのは、映像と違って補うものがなかったから・・・ということですね。
お答ありがとうございました。

私は何と言っても、母親とキャルとの愛のバトルにのめり込んでいきました。
たいへん個人的なことで申し訳ないのですが、
親友の1周忌が5月14日に行われたのですが、私が主催する一大イベントがずっと前から決まっていて、出席できませんでした。
その後、ある友達から電話があり、亡くなった友達の長男(22歳)が、眉も髪の毛もそり、人をまったく受けつけなくて別人になっていた・・
・。○○さん(←私のこと)なんとかしてあげて・・・と言われました。
その子は、学校へも行かず、働きもせず、母親が亡くなったとき、私にしがみついて延々と泣きじゃくったのです。
この世の中で、母親代わりができるとしたら、私しかいないんです。
私はいつもいつも気になっていて、でも、何もできないのです。
その子を受け入れ、かかわっていくことは、父親のこと、祖父母との関係、その一家を一身に背負ってしまうことになるのです。
そんなとき、ケイトの、「ウィルがなぜおまえを相棒にしたかわかるかい? おまえのことが可愛いからだよ」というセリフを聞いて、ああ・・・
と思いました。
私は、その子のことが心底可愛いわけではないんだ・・・と気がつきました。
自分の子であれば、どんな状況であれ、何が起ころうと、全身全霊で、どんなことでもするのに、
友達の子のために何かすることが怖いのです。
私が何かをしたために、期待されて、ど~んと頼りにされるのではないか・・・と。
そして、自分が与えるつもりのものより、相手の愛の欲求の方が大きいとき、「愛をせびる」という表現を使うのだな・・・と思いました。

そしたら、本当の母親でありながら、「愛をせびっている」と言われたキャルは、あまりに哀れで。。。
ケイトは、1度捨てたトラスク家をもう一度背負う気持ちがなかったから、あんなひどいことを言って、追い返したのでしょうか。。。

ところで、ラジオで潤クンが、このエデンの東の感想特集で、
「基本的に人を信用しない人間が、人を信用してやることを覚えたら、楽になった。」と言っていましたが、
友達の息子は、私を信用していないだろうなと思いました。
全身全霊で愛されたとき、人を信用することができるんだろうと思いました。
潤クンは、鈴木裕美さんをはじめ、エデンの東にかかわった人たちに愛されたのでしょうね。
幸せな人です。


No.833 - 2005/06/06(Mon) 00:42


モロモロ思うこと・・・です。

自分と違う感想・感性に出会うと、狂喜乱舞してしまう私ですが、
MIDORIさんの感想は、私とは真逆で、ここまで反対だと笑っちゃうしかないくらいです。
キャルとアロンが訪ねて行って、キャルを追い出すまでのケイトのシーンは、
私がもっとも涙したところでしたし、
アロンは、ちびまるこちゃんに出てくる学級委員長の丸尾クンに見えちゃって(ごめんね、小橋クン)、
志願兵になるくだりが唐突で、もうちょっと説明のシーンが欲しかったと思ったところなのです。
うう・・・ん。MIDORIさんと私の感性の違いはどこからくるのか、興味ありです。
玄人と素人の違いだけかしら?

りこさん
私も千秋楽のロウソクを吹き消すところが、間がたっぷりあって、
えッ、このシーンって、こんなに素敵なシーンだったんだと、
ビックリするくらいグッときました。

みみぃさん
ほんと、オーラって、何なんだろう?って思ってしまいました。
急に現実に戻りますが、私の職場のトップが定年で職を辞し、別の一般的仕事をするようになったのですが、
あの切れ者だったオーラがゼロになって、うすぎたないオッサンになってしまったのにはビックリしました。

さらに話しが変わって、爆笑問題がブレイクする前に、巨大体育館で生で見たことがあるんですよ。
爆笑問題という名前はどこかで見たことがあるような・・・で、顔は全然知らなかった頃です。
最初に出てきた漫才が面白かったので、これが爆笑問題だと思って見ていたら、そのコンビは前座で、
後から出てきた凸凹コンビが、ひと声発したら、
だだっ広い会場中を一気につかんで、そのオーラたるや、すごかったです。
そして、笑った笑った。。。私の人生であれほど笑ったことはないというくらい、涙を流して、お腹が苦しいくらい笑い疲れました。
後から考えてみると、それほど面白い特別なことを言っていたわけではないのですが、間と緩急なのでしょうか。。。
立川談志師匠が、無名だった太田光さんに、「天下を取れ」とささやき、
「絶対、田中と別れるな」と言ったという話を後で聞きましたが、
爆笑問題の漫才は、本物とはこれほど違うものか~と腰抜かすものでした。
ただのデカイ体育館で、照明も何も無い所で、光り輝く巨大なオーラを放っていました。

ひらひらさん
>キャルがなんでキスしちゃうかわかんないよあれじゃ。・・・どうしようもなく惹かれるどうしようもなさがなくて残念でした。

ハア~・・・なるほど~です。
どうしようもなさ・・・が、ドラマに惹き込まれるポイントですものね。

>母にはなれないけどウィルにはなれませんか?

うう・・・ん。私は私にしかなれないですね。
結局は弱い人間同士。無理をしても、なるようにしかならないでしょうね。。。
流れに身をまかせてみます。


2005/06/07(Tue) 22:53

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日経の劇評

5月13日(金) 1時36分
日経の劇評のタイトルは、『鮮烈な演出・こなれた脚本』ということで、
出演者の誰かをとりたてて誉めていることはなく、
すぐれた演出・舞台として評価しています。
潤クンについての記述は、
「松本は鬱屈した青春期のナイーブさを、小橋は優等生を演じ続けることの苦しみを浮かびあがらせる。」だけです。

写真が、ロウソクの灯りだけのキャルとアブラのシーンで、
とってもいいです。
演じているときの潤クンは、一瞬を切り取った表情もホント素敵。

日経の文化・芸能欄って、かなり信頼されているページですよね。
取り上げてもらえるだけで、スゴイし、
こんなに高評価でうれしいです。
ありがとう、鈴木裕美さん!

それにしても、鈴木さんみたいに、毎回のように舞台を客席から観て、チェックし続ける演出家って、そんなにいるんですか?
彼女の舞台にかける情熱のすごさ・仕事人としての真面目さに、頭が下がります。
潤クンにとっての素晴らしい先生であり、恩人ですね。
彼女にとっても、潤クンは、彼女の夢を具現化してくれる逸材なのでしょうね。

5月10日(火) 1時11分
エデンの東、2度目、今夜行ってきました。
劇場には、シェークスピア翻訳&演劇評論家の小田嶋雄志さんがいました。
どこかの新聞に、評を書いて欲しいなあ。。。

そして、なんと新大久保のホームで、ふと横を見ると、浜畑賢吉さん(キャルのお父さん役)が、ただのオジサン風情で立っていました。
山手線の同じ出入り口から乗ったので、声をかけようかと思ったのですが、
「潤クンのファンです。潤クンはどうですか?」とかしか言いたいことが思い浮かばなくて、
いくらなんでも、それは失礼だろうと思って、やめました。
年配の男女と3人で電車の中で話しているんですが、
「ジェームスディーンが・・・」とか、「よくできていますよね・・・」とか、「最近認められてきて・・・(←鈴木裕美さんかな? 潤クンでは
ないよね)」とか言いながら、渋谷で降りたんですが、
その時、浜畑さんが、「いやあ、それを知っていれば、ジュンちゃんと一緒に・・・ナンタラ・・・」とか言っていて、
え~、なんだろ???と思ってしまいました。
浜畑さん、意外と背も大きくて、芸能人オーラ皆無でしたよ。

潤クン、こんなにハードな舞台やレギュラーの仕事でどんなにたいへんかと思っていたら、その間にNANA全巻読破していたとは、頼もしいです
ね。
ちょっと、安心しました。

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September 10, 2005

善人と悪人

06/03
この芝居の中で、父と兄は善人、キャルと母は悪人・・・のような区別がされていましたが、
エデンの東の中での善人というのは、聖書に象徴される狭い価値観の中で生きることだと思う。
キャルと母親は、それが小さな世界と気づいてしまっただけ。
わずか17歳で大豆の先物売買に成功して、しかも目的の額の儲けが出た時点でやめるというのは、大物だと思うんですよ。
例えば、父親と兄が直径5センチの円の中に住んでいるとしたら、
キャルと母親は、直径10センチ以上の世界に住んでいるようなもの。
そういう子が、もう一度狭い世界に戻ることは不可能だと思うの。

だから、母親から拒否され、父親からの許しを得たからと言って、すでに自分の居場所ではないと思っていた家で生きることを、キャルが至福のように思っていることが、
私には、違和感があるんです。
でも、ラストにとても感動した・・・という方が多いようで、
私の感じ方がおかしいのでしょうか???


No.826 - 2005/06/03(Fri) 23:48

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何故、父と兄を典型的に描かなかったのか?

05/31(Tue)
東京で4回、大阪千秋楽1回観ることができましたが、
千秋楽の印象は、とにかく丁寧に心を込めて演じていた・・・でした。

観るたびに、こちらの心理的条件が違いますから、
単純な比較はできないのですが、
私の独断と偏見では、そう感じました。

グローブ座の声に慣れていた私には、BRAVAでの声は小さく聞こえ、迫力もないように最初思いました。
でも、芝居が進むにつれて、潤クンが、とても抑えた芝居をしているような気がしてきたのです。(あくまでも、私がそう独断で思っただけですが)
すると、今まで、あまり感じなかった、お父さんがキャルを理解しようとして話し合う場面とかが、グッときて、
母親に「キャル・トラスクだよ」と自分が息子であることを告げるその言葉に、それまでの万感の思いが託されていて、その一言だけで、私は涙が出てきました。

以前、潤クンのセリフが1本調子で、聞いていて疲れる・・・のようなことを書きましたが、
あの時は、声をめいっぱい出していて、全力で頑張っている感じがして、
いつまで続くのこのセリフ・・・みたいに思えたんだなあと、
昨日の千秋楽を見て思いました。
千秋楽では、声をセーブしているのに、キャルの思いは強く伝わってくるのです。

銀粉蝶さんモ、最初の頃は、ド迫力!という感じでしたが、
次第にトーンダウンしてきたような気がしますが、
でも、母親の悲しさがさらに伝わってきた気がします。

アブラの最後の長セリフも、昨日は、とても短く感じました。
上手になりましたね。

とりあえず、今日はここまで。


No.820 - 2005/05/31(Tue) 00:13


何故、父と兄を典型的に描かなかったのか? / ミツコ ♀ [関東]

ジーナさん、
そうなんです。
最初に東京で見た時、イライラしているキャルは、いかにもひがみっぽい表情や、他の人たちの会話にイチイチ反応するダイナミックな表情をいつもしていて、
それを表現するだけの強い気持ちを持ちつづけなければいけないから、本当にたいへんだなあと思っていました。
それが、だんだんそういう表情が薄れてきて、
大阪千秋楽では、あまりなかったような気がするんですよ。

これは、意図的にそうしていったのか、
舞台に慣れるに従って、自然に力が抜けていってそうなったのか???

キャルと父親との衝突は、最初からあんなもんだと思います。
あんな優しい父親に、どうしてあんなに反抗するのかわかりませんよね。
お兄ちゃんも、もっといかにもデキルやつ!でないと、コンプレックス持つ必要もなさそうだし。。。
あれじゃ、キャルはただの甘ったれみたいだし。。。
でも、そういう描き方が、母親から「愛をせびっている。おまえが一番悪い!」と責められることヘの伏線なのかな・・・と思ったりもします。

或いは、怖い権威的な父と、万能な兄に対比した、繊細で反抗的なキャルというわかりやすい図式ではなく、
実際の家族というのは、そんなに典型的なものはなくて、
こんな風に、ごく平凡なもの同士で傷つけあったり、思いが行き違ったり・・・が現実なんだよ・・・と、敢えて、あのような描き方のしたのかしら・・・と思ったりします。

どうなんでしょうね。
実は、エデンの東の内容そのものには、たくさん???のある私です。


No.824 - 2005/05/31(Tue) 23:33


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ありがとう、鈴木裕美さん。

05/22(Sun)
昨日、会った人たちのすべてが、自分が入った回には鈴木裕美(ユミ)さんがいらした・・・と言っていましたから、
ほとんどの公演を客席からご覧になっていたのでしょうか?
潤クンだけじゃなく、ケイトやランディさんの芝居とか、どんどん変わっていった気がするのですが、
毎回話し合って、チェンジして行ったのでしょうか?
初主演の松本潤クンを、まさに教え育ててくださったのだと感謝しています。
「舞台は稽古が長いから、真面目な人が最後は勝つ」と、鈴木さんが潤クンを評しておっしゃっていましたが、これは、鈴木さんご自身のことでもあるんだなあと思いました。

例えが変かもしれませんが、かつて、ミュンヘンオリンピックで金メダルをとった、男子バレーの松平康隆監督が、「バレーができなくても下手でも、とにかく190cm以上の大男(大古とか横田とか・・・古ッ)を集めて鍛えた」と言っていましたが、
もしかしてこれって、鈴木さんと潤クンにも当てはまるのかなと思いました。

潤クンは舞台俳優としての能力は未知数だけど、
とにかく舞台栄えする華がある。
そして、毎回あれだけの表情の変化や芝居を全身全霊を込めてやれる心のパワーを持っている。
これらは、天性のものがあるのでしょう。

そういう松本潤を一から、そして公演中もずっと鍛えてくださっているのですね。
どんなに素晴らしい演出家であっても、それを具現化できる俳優がなくては、話になりませんものね。

どうか松本潤と一緒に、ハナエ・モリやニナガワのように、世界のユミ・スズキとなってくださいませ。
ニナガワさんが、言語の違いがあっても世界中で理解されやすいシェークスピアやギリシア悲劇を題材にしたように、
エデンの東は、世界の多くの人たちに愛されてきた映画の古典であり、普遍的な家族の問題を題材としたものです。

松本潤の主な出演ドラマ・映画のすべて(僕らの勇気・未満都市、金田一少年の事件簿、ごくせん、きみはペット、東京タワー)は、
スタッフの渾身の知恵とエネルギーを感じるもので、
共演者にも恵まれています。
何故、松本潤はこんなにもドラマ運、作品運がいいのかしら?・・・と考えてみたのですが、
それは、彼が人のベストを引き出すことができる人だからではないかと思います。
コイツのために頑張ってやろう・・・と思わせるものがあるのでしょう。
人によっては、ワーストを引き出す人もいるでしょうからね。(こんなヤツのためにヤッテラレルカ!ってね)

松本潤は、とても野心的な男です。
ちょっと人が良すぎるところが、いいところでもあり、玉にキズだったりしますが、
ケイトが、「憎めない子に育ったものだねえ・・・」と言ったキャルそのものだと思います。
どうぞ、これからも松本潤をよろしくお願いいたします。


No.813 - 2005/05/22(Sun) 18:44

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8人の登場人物は、私自身?

2005/05/13(Fri) 17:57
このエデンの東に関して、私は客観的な突っ込んだ意見を書く気になれないんですよ。
確かに、前半はもうちょっとテンポ良くてもいいかな・・・とか、あんなやさしいお父さんにあんなに反抗したり、銃で撃つのは???だし、アブラも優等生過ぎるし・・・とか、突っ込みどころは、いくらでも出てくる。
でもね、そういうことを論じる気になれないのは、
登場人物のすべてが、皆、痛々しく、悲しく、ただただいとおしくて、抱きしめてあげたい衝動に駆られるの。
そして、そんな人間の弱さを、目の前の舞台で3時間近く生で、能力の限界に挑戦しつつ誠実に演じている様を見ると、
何も考えず、この素晴らしい舞台に身も心も委ねたいと思ってしまう。
(あっ、でも皆さんは、私のこんな身勝手を無視して、どんどんご意見を書いてくださいね)

1回目に見た時は、感激して涙涙だったけど、
2度目に見た時は、冷静になっていて、感動もしないし、淡々と見ていた。
なのに、ラスト近くキャルがテーブルの下でうづくまって嘆いている辺りで、
私の太ももに、涙がポトッポトッて落ちてくるの。
3階だったから(トコさん、3階席だったんですよ)、下の舞台をオペラグラスで見るために、アゴを引いているので、
涙が頬を伝わらず、直接ズボンの上に落ちてくるの。
こんな経験って、初めてだった。
この感情って、何だろう?って思ったの。

そして、ふと思った。
8人の登場人物のキャラが皆立っていて、全く違う人間なんだけど、
実は、8人のすべてが、私自身なのではないか・・・と。

私もケイトのように、子供を愛しながらも思わず残酷な言葉を吐いてしまっているのではないか・・・
パン屋の姉弟のように、自分達だけがいい思いをするために、人を責め、
だけど、人からはうらまれたくない。
アダムのように、いかにも正論を言いながら、実は人を傷つけているのではないか・・・
アブラのように、私は全部わかっているわよ・・・と、とうとうと説教じみたことを言っているのではないか・・・
アロンのように、人から期待される自分像を演じながら、それに相当する賞賛を得られることを内心では要求しているのではないか・・・
キャルのように、まわりのすべての人に愛を求め、満足するほどの量が得られないと嫉妬しているのではないか・・・
ウィルのように、よその家庭の子に手を差し伸べて、自分の心の乾きを埋めているのではないか・・・
などなど。。。

ですから、例えそれが演技・演出を裁くことであっても、
我が身を裁かれるようで、身を切られるように辛い思いに駆られる。
最後近くのキャルののた打ち回る嘆きは、
すべての人物の矛盾・不条理を一身に背負ってしまい、
そのあまりの重さに耐え切れず、救いを求めている魂の叫びに聞こえる。

舞台俳優・松本潤に落ちた。 / ミツコ ♀ [関東]

私が、松本潤に落ちたのは、ごくせんの再放送の7話の警察の取り調べ室での演技。
それまで、まったく彼の存在を知らなかった。
ごくせんの初回から見ていたけど、それまで意識にのぼったことがなかった。
ミーハーの私だから、今までいろんな俳優さんをいいわあ・・・と思ったことがあるけど、
明らかに、あの瞬間の、あの演技に落ちた・・・というのは、初めてのこと。
それだけ、人の心をとらえる強烈な演技をする人なんだと思う。

そして、初めてエデンの東を見た時、
アロンを連れて母親のところヘ行き、母親からも拒否されるときの演技で、
私は、舞台俳優・松本潤に落ちた。

ドラマや映画の松本潤と、舞台の松本潤は、まったく違うと思った。
映像は、たくさん撮影されたものから、一部を切り取られ、編集され、
そして、視聴者は、同じ映像を何回でも繰り返し見ることができる。

でも、舞台は、一瞬の残像がすべて。
見る人の席によって、角度や光のあたり具合も違うだろうし、
見る側のその時の意識次第で、見えるものも聞こえるものも選別されているような気がする。

だから、私が舞台俳優・松本潤に落ちたときのあの演技・あの表情・あの声は、
彼と私との、一瞬の火花散った呼吸のぶつかりあいで、永久に二度と存在しない。
だからこそ、燦然と記憶の中で輝く。

あああ・・・、舞台の松本潤は、凄まじいエネルギーで、私達を彼の世界に引きずり込んで、魅了する。。。


No.804 - 2005/05/13(Fri) 18:39


声のトーンに変化が欲しいかな。。。 / ミツコ ♀ [関東]

まみこさん
>声のトーンがあまり変わらないことが気になってしょうがなかったです。

私も実は同じことを思っていました。(終ってからの、星フリのアンケートに書くつもりでしたが)
初めて見た時は、ストーリーに入り込んでいて、気がつきませんでしたが、
二度目に見た時は、声の強弱・高低・起伏・色合いなどが、もっと、こう、波打つように・・・っていうのかな、
そうなれば、もう、最強なのに・・・と思いました。
つまり、銀粉蝶さんのように・・・ということなんだけど。。。

ベルナルドの時とは、雲泥の差なくらい素晴らしい進歩を遂げたのですが、
向上すれば、またさらに欲が出てきますね。

まあ、課題がたくさんある方が、ファンとしては、これからの成長が楽しめていいのですがね。


No.806 - 2005/05/16(Mon) 00:53



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エデンの東・第1回鑑賞

2005/05/03(Tue)
まっさらな気持ちで見たいと、映画は見ないでの初観劇でしたが、(実は舞台を見ながら、あら、見たことがある気がするわ・・・と、古い記憶が呼び起こされました)
キャルの魂の叫びに、「あなたは悪くない! 悪くないのよ」と、抱きしめてあげたい衝動に駆られました。
一見、善人のような人が、実は一番人を傷つけるんだよ・・・。
何故なら、それは自分の弱さを正当化する手段が善人であることだから・・・というのが、よくわかる芝居でした。
だから、悪魔の入った笑い・・・とか言われ、ウサギを殺したりしていたキャルが、
カーテンコールで、天使のように可愛い姿・しぐさで何度も登場したのは、
本当のキャルの内面は、これなんだよ・・・という提示のように思われました。
芝居が終った後のカーテンコールの登場って、
役から素に戻っての挨拶・・・というのが、一般的だと思いますが、
今回に関しては、松本潤の演じる天使の面のキャルだと思いました。

潤クンの演じるキャルは、切れば血が滴り落ちる、生身の人間がそこにいました。
確か、鈴木裕美さんが、潤クンを評して、「俳優とは、心を表現するプロである・・・ということをよくわかっている人だ」というようなことを言っていましたが、
まさに、そのプロ、しかも超一流のプロであることを見せつけてくれました。
母親や父親に受け容れられないときの苦悩の表情は、目を細め、こみ上げてくるものを必死で耐え、あの表情を見るだけで、胸がしめつけられ、涙をそそります。

見た目や、年齢設定は、金田一クンの頃ですが、
あの年齢の時の潤クンが演じても、イッパイイッパイだった気がします。
あれから、たくさんの経験や失敗を重ね、21歳の今だからこそ、
余裕を持って、17歳の心情の揺らぎを、緩急つけながら演じることができたのではないででしょうか。
100の力があるから、10や20に抑えた演技から100近くの爆発・・・というようにコントロールすることができて、
だからこそ、見る者は、そのうねりに安心して心を預けることができ、共感の喜びに打ち震えることができるのだと思います。
素晴らしい時間と空間を共有することができました。

なんと言っても特筆すべきは、母親役の銀粉蝶さんのドギモを抜く迫力ですが、
だからこそ、愛を求める幼子のようなキャルとの演技のバトルが見所で、
潤クンは、本当に相手役の女優さんに恵まれていますね。
でもこれはきっと、お互い様なんでしょうね。


No.787 - 2005/05/03(Tue) 14:14


エデンの東の内容は語れない&潤クンの声 / ミツコ ♀ [関東]

エデンの東って、潤クンの演技が素晴らしかった・・・とかは語れるんだけど、
芝居の内容そのものって、私には語りにくいんですよ。
特に後半なんかは、見ていても重くて、終るとズシッときて、言葉にできない。

東京タワーなんかは、あれやこれや好き勝手を気楽に書けたのね。
でも、エデンの東は、登場人物一人一人が、こうするしかない・・・という説得力があって、
それぞれの思いがすれ違ってしまうんだけど、
他人がとやかく言えない重さを、持っている。
ラストは、キャルにとっては、本当に幸福なのか・・・とか、素朴な疑問もあるんだけど、
人間存在の重さを、各キャストが体現していて、そういうことに踏み込めない神聖さがある。

ですから、内容そのものについては、この舞台が全公演を終了して、キャスト全員が役から離れた後でしか、私には語れないかもしれない。(←まあ明日、心変わりしているかもしれないけれど)

ところで、今回の公演で潤クンが良かった点の一つが、声。
あの独特な声そのものなんだけど、とってもナチュラルで聞きやすかった。
いかにも舞台用の発声をしています・・・というのでは全然なくて、
ドラマや映画と同じように聞こえるんだけど、
力強くて、ハッキリしていて、でも自在な感情表現がなされていて、文句のつけようがない。(専門的なことは全くわからないけど、一観客としては、無問題)
役者は、『一・声、ニ・姿、三・・なんでしたっけ?(どなたか教えてください)』と言いますが、
姿は頭が小さくて、バランスが美しくて、華があって、キラキラ輝くスター。
声は、個性的で、聞きやすくて、舞台人として武器になると思った。


No.793 - 2005/05/05(Thu) 23:41

神に裁かれる部分って?(エデンの東) / ミツコ ♀ [関東]

ななさん、初登場、とってもとってもうれしいです。
「奇跡の人」が鈴木裕美さんの演出だったんですね。知りませんでした。
鈴木杏ちゃんと大竹しのぶさん版かな?

私、鈴木裕美さんの舞台って、客席の誰にもわかりやすく・・・ということを、一番念頭に置いて演出されているような気がしました。
初日から、少しづつ変更点があるようですが、どうしたら、こういう感情が一番伝わるかしら・・・ということが基準にあるような気がします。
私、これがわからないなら、わからない客の方が悪いんだ・・・みたいな舞台、イヤなんです。
舞台の醍醐味って、舞台の役者と観客が、一体となって盛りあがって陶酔することだと思うのね。
だから、今回のエデンの東は、とても気持ちがいいです。


fufuさん
>誰もが持つ神に裁かれる部分を見る側に、
>思い知らさせてくれる内容でした。

ずっと、この部分が引っ掛かっています。
どういう意味なのでしょう?


No.795 - 2005/05/06(Fri) 23:08

ファンでない友達の感想 / ミツコ ♀ [関東]

9日一緒にエデンの東を見に行った友達は、歌舞伎から、芝居、ミュージカル大好き人間。
開演前に、新大久保で待ち合わせて、生ジョッキを二人でグイグイ。
仕事後で疲れ果てていた彼女は、すっかり気持ちよくなって、
眠い、眠いを連発。
「芝居を見ながら、絶対寝てしまうわ」とのたまうので、
一緒に見ながら、彼女が眠っていないか気になって。。。
でも、最後まで、シッカリ見ていましたよ。

終って、「面白かった~」と。
「松潤は、キレイだねえ。。。舞台栄えがして、スター性があるわ。
えッ、173センチしかないの。もっと、大きく見えたわ。
ベテランに比べたら、声がこもる感じがしたけど、そのうち気にならなくなった。カーテンコールが面白かった。土下座とか。」
藤原竜也クンと鈴木杏ちゃんのロミオとジュリエットを見たと言うので、
「藤原クンと潤クンって、どう違う?」って聞いたら、
「うう~ん。藤原クンの方が、イッチャッテタ。ジュリエットと会った時の喜びの顔なんか、スゴイの。」とか言ってました。
「松潤、これから舞台でやっていけるかしら?」と聞いたら、
「うん、やっていけると思うよ。でも、まるでお母さんだね。」って、言われちまった。

別れるとき、「エデンの東の舞台が夢に出てきそう」と言っていたのに、
次の日のメールで、
「家に帰ったら、息子が、小鍋から直接ラーメンを食べていて、一気に現実に戻されちゃった。松潤は、伸び盛りだねえ。。。」ですって。


No.801 - 2005/05/11(Wed) 22:55

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August 19, 2005

肌あれとエデンの東

5月5日(木) 21時12分
以前、潤クンの肌荒れ、もしかして神様からのプレゼントかもしれない・・・と書いたことがあったけど、
エデンの東を見て、本当にそうかもしれないって、思った。
俳優として、絶対マイナスに決まっているし、今の状態では、ドラマ・映画のアップは、かなりキツイ。
本人の気持ちは誰にもわからないけれど、あんなにナルシストな人が平気とは思えない。

この時期、ドラマや映画ではなく、舞台をやったのは、肌荒れと関係あるのかもしれない。
でもエデンの東で、俳優として全くごまかしようのない勝負をして、実力を示すことができた。
視聴率がとれるから・動員数が多いから・・・というのは、いつ覆るかわからない評価だけど、
一旦認められた本当の実力は、多くの人達(制作サイドも含む)のイメージに根付き、賞味期限が長い。

潤クン、歌はプロとしてはアレなものだから、ミュージカルよりも、
エデンのような、演技力一本で見せるしかないものに、全身全霊をかけることで、彼の魅力が爆発した。

ありとあらゆるものに恵まれていたら、キャルの苦悩をあそこまで人の心を打つ表現ができただろうか・・・と思う。
誰にも想像できないことだけど、何らかの苦悩を自分なりに昇華したものが、あの演技なのかも・・・なんて、思う。

ところで、私が見た2日に、鈴木裕美さんも客席の後ろの方で見ていらっしゃった。(たぶん、何かメモのようなことをしながら)
隣には、パンフレットを休憩時間に見ていた中年の男性がいた。
舞台が終ったら、ダメだしされるのかな?
でもきっと、どこがどうで、ここがこうだから・・・という理由を的確に伝えられ、潤クンも納得いくまで問い掛け、
そういう細かいことの積み重ねで、あの舞台・演技ができあがっているんだろうなあと思う。
やはり今回のグローブ座は、鈴木裕美さんという胎内であって、潤クンはその中の羊水に心地良く浮かんでいるような気がする。


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