April 21, 2010

『わが家の歴史』に思う。

私、潤くんのドラマ仕事の成功は、
まったく新しい、彼にしかできない魅力的な人物を造形したかどうかで判断しているんです。

そんな素晴らしいオリジナルなキャラクターを創りだしたのは、
慎・モモ・耕二・キャル(舞台『エデンの東』)・道明寺・ビト・義男ですね。

これらを演じる潤くんには、他のどこでも見たことのない表情があるんですよ。
今回の義男について言えば、ドキッとしたのが、
姉の政子の鬼塚との結婚話を知って、
「俺ら家族を養うために自分を犠牲にしたとじゃないですか?」と、
心配そうに詰め寄るところの表情です。

姉の幸せを願って、必死で聞くんだけど、
長男である自分のふがいなさや自信のなさと相まって、
なんとも複雑で切ない、まさに若き義男を象徴するようなシーンでした。

弟の佐藤隆太くんとは、どうみても年齢的に逆だろう・・・ですが、
宗男役のイメージを表現してくれる、潤くんより若く見える俳優が見当たらなかったのかもしれないと思いました。

ところで、このドラマはいろんなことを教えてくれますね。

富を得た男は、対等に渡り合うデキル妻より、
しょうもない家族を大勢抱えている女性の方に安らぎを感じるということ。
自分がこれだけの人達を養っているということで、仕事や生きることへのモチベーションが上がるのでしょうか。

中井貴一さんと佐藤浩市さんの迫力あるシーン。
真にいい男とは、こういう命がけの勝負をいくつも重ねて出来上がるものなのか。
そして、相手が一歩も引かず勝負を挑んできたときに初めて、友と認めるということ。
潤くんも、この二人の大先輩に甘え、教えを請うだけでなく、
きっとどこかで勝負を挑んでいたのではないか。
だからこそ、この二人から認められているのではないかと思う。

孫のためのお金にまで手を出すお父さん。
悪気はないんだけど、もはや性(さが)とでもいうのでしょうか。
人間だれしも、理性だけではどうにもできない性と共に生きているのではないか。

そして、このドラマを彩ったたくさんの有名人たち。
あんなに有名人たちと遭遇したり、縁があったりなんかしないよ、おかしいよ・・・
と思ったりもするけれど、
同じ空間で実際に会うことはないだけで、
私たちの誰もが、その時代のヒーローや芸能人たちと一緒に生きているんですよね。
私は松本潤と一緒に生きているし、嵐が常にそばにいる。
テレビや雑誌やインターネットで、時代を象徴する人たちと常に接している。
だから遠い将来、平成の家族を描くときに、嵐がドラマの中に登場したら、
ある意味、真実をついていると言えるのではないかと思う。
眉が濃いだけの若いチャラ男が、松潤役で出てきたら、私はどう思うのでしょうね。

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April 15, 2010

~せずにはいられない人たち

わが家の歴史は、いろいろ悩んだり考えたりするんだけど、
結局は、無意識のパターンに沿った行動をせずにはいられない人たちの歴史でもあったように思う。

八女家を助けてはクビになり続けるつるちゃん。
事業を考えついては、失敗するお父さん。
それでも懲りずに胡散臭い儲け話を持ってくる古賀くん。
自分のことを棚にあげて、娘に説教するお母さん。
次々に愛人を作る鬼塚さん。
場を冷やすことを言わずにはいられない阿野さん。
右だか左だかわからなくなっても、社会の暗部にひきずりこまれていく大浦さん。

そして、ゆかりさんは、不特定多数の男にチヤホヤされることが安住の場だったのではないかと思う。
お見合い話を厭がって、義男に手紙を出して呼んだのも、
もしかしたら、義男と一緒になることよりも、一人の男性と結婚することから逃れるためだったのではないか。
だから、洞爺丸の遭難事故から生き残っても、義男の元には行かなかったのではないか。
血を吐いて、自分の体の危機を感じたときになって、また義男を呼び寄せて、
ベッドに横たわって涙を落したけれど、
元気になったら、また去っていった。
必ず帰ってくる・・・と手紙を残したのも、ある意味残酷だと思う。
こういう手紙を残せば、義男はいつまでも自分を待っているとわかっていて、
主導権は常に自分にあって、自分は自由でいられる。
最後、客が男性ばかりの食堂で生き生き働いていたのも、彼女の無意識の選択ではないかと思う。


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April 12, 2010

企画勝ちですね。

『わが家の歴史』の楽しい3日間が終わって、しばし呆然。。。

このドラマ、企画勝ちだなあと思う。
懐メロ番組のような、懐かしの出来事・懐かしの人たちをちりばめることで、
ああ、これ、知ってる、知ってる。
へえ~、この人って、本当はこういう人だったんだ。
あの事件の裏では、こういうことがあったんだ・・・ってね。
人間、知っていることは安心して楽しめるし、
時代の流れに沿って、次から次へと懐かしいものが登場するので、
飽きずに8時間見れますものね。
潤くんのドラマをほとんど見たことがないうちのダンナ、
3日間、見ていました。
自宅で寛ぎながら見る人のツボをとらえた、いかにもテレビ的なドラマだったなあと思います。

そして、懐かしの出来事や人を要所・要所に入れることによって、
同じ時代背景を、八女家の人たちも自分の家族(祖父母や父母も)も生きてきたんだなあと、
共有意識を持つことができて、親近感を持てたし、わかりやすかったです。
ダメ家族っぷりも、お金があっというまになくなることも、
所詮、人間なんてこんなものよ、それでもたくましく生きなくちゃね・・・という感じが、
見終わった後、じわ~っと染みてきました。

こういう大勢の登場人物がいるドラマって、それぞれの役割を期待されて呼ばれるわけで、
それじゃあ松本潤って、どういう俳優なんだろう・・・て考えたくなります。
同年代の芝居のうまい、顔や姿のよい俳優たちと何が違うか?
私は、気品と情感だと思うのです。
気品は持って生まれたものと生き方から醸し出されるものだし、
情というのは、いろんな感情体験の積み重ねでしか獲得しえないものだと思うんです。
人情の機微がわからなければ、表現もできないし、
潤くんは自分の情を伝えることで、相手の隠された情感も引き出せるから、
恋愛部分をいろんな作品で期待されるんでしょうね。
でも、恋愛に限らず、どんなにハンサム・美人でも無機質なイメージより、
情感が醸し出される俳優の方が、作品に厚みが生まれるし、余韻が残ると思うのです。

ゆかりさんとの今後は、想像にお任せ・・・なんでしょうが、
まあ、うまくいってもいかなくても、奔放な彼女に振り回されっぱなしでしょうね。
その象徴が、あの門扉キス。
二人の関係性をキスだけで表現したという意味で、自販機キスと双璧ですね。


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October 14, 2009

義男さまの気品&美しさ

『我が家の歴史』記者会見の潤くんの美しさ、
宝塚の男役か、どこかの王子様か・・・と思いましたね。

で、連想したのが、ローマの休日のオードリーヘップバーン。
髪の毛を短くして、白いブラウスになって、
シンプルになったら、キラキラ輝く高貴な王女様になりましたよね。

潤くんも、髪の毛を上げて顔全部出して、
昭和中期のモサイ服を着たら、
匂い立つような気品。

いやはや、いったいいくつの顔を持っているんだろう、松本潤は。
でも、この気高い美しさは、誰も持っていない宝物だと思いますね。


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