« March 2018 | Main | May 2018 »

April 28, 2018

事務所の危機管理能力

女性を被害者にして、
重職にある人を失脚させる・・・というのは、
政治的陰謀があるのかなと思ったりしますが、

先輩Gの山〇くんのことは、
これらとは、違うと思うのです。

なぜなら、彼は、アルコール依存症という病気だから。

進行すればするほど、問題行動が深刻化し、
まわりに大きな被害を与える。

離婚の原因もおそらく、これだったのでしょう。

事務所も当然、彼の病気を知っていて、
入院させたりしていたのでしょうが、

入院先から仕事に通わせたりして、
本気で病気を治すより、
仕事を優先させていたとしか思えない。

まるで、アルコール依存症の妻が、
夫の尻拭いばかりして、
自分がいないと、夫は生きていけないようにしている
共依存のようなもの。

記者会見で、「自分の席が残っているなら、TOK〇Oを戻りたい」
というような発言をして、
甘いと批判されていますが、

弁護士に司会をさせ、
被害者の親からの、
「娘も山〇にもこれからがあり、
1人の人間の未来がすべて奪われてしまうことを望んでいない」
というような手紙を読み上げた。

無期限活動禁止としながらも、
いずれ活動を再開するための布石としか思えない。

だから、「TOK〇Oに戻りたい」というような発言も出てきたのだと思う。

今までも、何か事件を起こしても、
事務所が守ってくれた(隠ぺいしてくれた)から。

危機管理とは、スキャンダルを隠蔽することではなく、
早め早めに問題を適切に処理すること。

アルコール依存症であるとわかった時点で、
すべての仕事をやめさせて、
病気療養に専念させる。

もし、完全に病気が治らなければ、
解雇するという強い処置をしなくてはならなかったと思う。

そういう毅然とした態度の積み重ねが、信頼になるのだと思う。

いつ、何をしでかすかわからない爆弾を抱えたまま、
仕事をさせるという、
危機管理能力のない事務所のタレントを、
使いたいと思うでしょうか。

何かを起こした時の損害は計り知れませんから。

1人の爆弾のために、
事務所全体の信用を大きく失墜させてしまいました。

|

April 16, 2018

す〇るくんの引退会見

テレビで繰り返し流される、
関ジャニ・渋谷す〇るくんの引退会見。

ファンにとっては、
彼らは、夢の世界の住人。

でも、彼らは、私たちと同じように、
自分の人生を歩みたい、一人の人間。

当たり前のことだけど、
それを見せつけられたような。。。

あなたたちは、私の夢の世界の人間だから、
夢を壊さないように、
結婚しないで。
ジャニーズをやめないで・・・
とは言えないよね。

今まで、グループの脱退とか、引退とかあったと思うけれど、
こんな風に記者会見して、
テレビで繰り返し流されたことって、
あったのでしょうか。

ファンとしては、夢の世界から消えるなら、
夢のまま、そっと消えてほしいような気がする。

或いは、事務所も了承していることなら、
宝塚のような華々しい引退公演などで、
引退の花道を飾ってほしいような。。。

どうして、こんなふうな引退会見をして、
繰り返し、放送されるんでしょうか。

事務所の意図は?

|

April 09, 2018

しやがれ諸々

しやがれの旬潤対決。

旬くんは、プライベートで、奥さんにガンギレするんですね。
そして、優しくされると、泣いちゃったり。。。

おもわず、スマイルの怖~い林とビトを思い出してしまいました。

あのときの林は、ほんとに怖かったし、
ビトは、どうして、林から離れられないの?
と、イライラしたものです。

どんなに酷いことをされても、
ビトにとって、林なしの人生は、
考えられなかったのでしょうか。

もしかして、共依存?

ビトの悲運に、
私は泣きに泣いて、
考えさせられるドラマでした。

ところで、2本のなわとびの間でパフォーマンスし続ける潤くん。
ノーミスで、凄かったですね。

Y〇SHI〇Iさんやユー〇ン、
なかなかバラエティに出られない方達が出られて、
面白かったです。

女性アーティスト売上ベスト5でトップのユー〇ンは、
この5人の中で唯一離婚していないのかな。

70年代から2010年代まで、連続5年代オリオン1位というのは凄いことですね。

「自分の名前が消えても、歌だけ残ってくれていればいい」と。

つまり、才能と自己顕示欲を別に考えられるから、
プライベートでも、
浮き沈みがある芸能界でも、
安定していられるのでしょうか。

|

April 06, 2018

再び『あゝ、荒野』

脚本を書かれた、夕暮れマリーさんが、
ブログをやめるにあたって、
『あゝ、荒野』について、書かれていますね。

やはり、彼は男性だったんですね。

そして、主役の二人ときちんと話す機会が一度だけ設けられて、

夕暮れマリーさんにとって、一番大事な事柄であった、

“新次とバリカンは、寺山修司の二面性を表したものであり、
二人でありながら、一人の人間を描いたものである“

と伝えたとのこと。

ああ、なるほど、そうだったんだ・・・
と、やっとすっきりした思いです。

上演前に、そのようなことが、
私たちに伝えられていたでしょうか?

少なくとも、私は知らなかった。

知っていたら、
1回限りの観劇が、
もっと、深く、
もっと、わかりやすく、
もっと、面白かったと思う。

潤くんの新次は、
この上ないほど、魅力的で、
一瞬、一瞬の、彼の姿、声、セリフが、
脳裏に刻まれて、
おそらく、その記憶は、
私の一生、ドキドキさせ続けることと思う。

でも、舞台の横に何度も表示された文言が、
私には意味不明で、
舞台上で行われているお芝居との関係性に悩み、
『あゝ、荒野』を存分に楽しむことを阻害された。

どんなに観たくても、
チケットを手に入れることが難しかった『あゝ、荒野』。

観ることができても、1回限りという人が多かったからこそ、
根幹のコンセプトをハッキリ提示して、
もっとわかりやすくしてほしかったなあと思います。

もしかして、夕暮れマリーさんは、
脚本という形で自分が創作した『あゝ、荒野』の、
一番重要な事柄であった、
二人で一人の寺山修司であるというコンセプトが、
上演されたものから抜け落ちていたことから、

ブログを終える最後の記事で、
どうしても書き残しておきたかったのかも・・・
とも思います。

|

« March 2018 | Main | May 2018 »