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October 08, 2017

恋ではなかった。。。

昨日の午後1番の回を見てきました。

先入観なく見れるようにと、
原作も雑誌もすべて無視して、
まっさらな状態で拝見しました。

以下、ネタバレを含みます。

葉山先生が登場すると、
変に優しくて、
それでいて、色気ダダ漏れなので、
やらしい、やらしい・・・
やだわ、こんな男。
私は、絶対に好きにならないと思いました。

でも、ストーリーが進むにつれて、
葉山先生の苦しみがわかってきて。。。

この映画の紹介で、
“ずるい大人の男”とよく書かかれていましたが、
ずるくもないし、大人も男でもないと思いました。

人間は弱いから、迷いながら、
そのときどきで、自分にできる精一杯なことをしていると、
一貫性がなくなって、
他人からは、ずるいと思われてしまう。

でも、そんなものだよ。人間なんて。

他人から立派な人と思われているような人は、
実は、自分自身にウソをついて、
立派な人間を演じているだけかもしれない。

葉山先生は、弱くて、幼い男が、
精一杯誠実に生きているんだと思いました。

彼が、泉のことを、「恋ではなかった」というのも、
本心だと思う。

恋というのは、小野くんの泉に対する感情のように、
表側だけを見て、自分の都合よく解釈するもの。

葉山先生にとっての泉は、
恋なんていう生やさしいものではなく、
生きることの絶望から救ってくれた女神のような存在だったのかも。
自分という人間が、この世に存在してもいいんだと、全肯定してくれた人。

絶望していたから、泉の絶望も一瞬で察知できて、
演劇部に誘ったのかも。

葉山先生と泉は、
互いの絶望を救いあう魂で結びついている。

だから、互いの窮地のときは、
すぐに助けにかけつける。

なぜ、奥さんが家に火をつけるまでに至ったか・・・など、
もっと知りたいことはあるけれど、
泉の回想だから、想像の余白を残しているんでしょうね。

家に火をつけた奥さんと離婚して、
新しい人と結婚しても、誰も責めないと思う。

でも、葉山先生は奥さんのところに戻り、
泉とは決別する。

泉と一緒にいても、常に奥さんに対する罪悪感があって、
幸せにはなれなかったのかも。

奥さんとの再びの人生は、贖罪(しょくざい)の人生かもしれないけれど、
一度救われた魂は、常に泉とともにあって、
心は平安なのかもしれない。

別れを決めた後のラブシーン。
こんなに意味あるラブシーンを他に知らない。

互いのすべてを体感できたからこそ、あきらめられる。
名残惜しいけれど、次に向かって、生きていこうとする意志。

最後の懐中時計に刻まれたポルトガル語「幸せであるように」

この瞬間から、私は涙がボロボロと。。。

一日経った今も、葉山先生と泉を想っては、
何度もボロボロして、止まらなくなっています。

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