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October 28, 2017

ラストがすべて

ナラタージュ、まだ1回しか観ていませんが、
とても心に残る映画です。

(以下、ネタバレを含みます。)


思ったことは、
懐中時計の「幸せでありますように」という言葉が、
この映画のすべてだったなあということ。

この言葉がなかったら、
葉山先生は、妻がありながら、
教え子の卒業式にキスをするというゲス男ですよ。

気を持たせるような優しいことをさんざんして、
うそついて、振り回して、
肉体関係を持った上で、妻の元に戻るという、
とんでもない男。

でも、泉に残した懐中時計に、
永遠に気が付かないかもしれないポルトガル語で、
「幸せでありますように」という文字があった。

そのおかげで、葉山先生の抑えに抑えた切ない感情を知ることができて、
観客の心が、一気に葉山先生の辛さに共感するんですね。

私をはじめ、そこでわあ~っと涙があふれてしまった人がたくさんいたのではないでしょうか。

人間、いろいろあるよね。
何考えているのかよくわからない男だったけど、
泉の幸せを願う気持ちは本物だったんだなってね。

泉に届くかどうかわからない、
隠されたメッセージなだけに、
そこに、真実を感じてしまうのが、人間の心理。

映画って、ラストの感動で、1本の映画そのものの評価が決まってしまうことってあると思うんです。

例えば、『幸福の黄色いハンカチ』。

妻がムショ帰りの自分のことを待っていてくれるかどうかわからない不安な中で帰宅したら、
待っているという印の黄色いハンカチが、
大量にはためいているというラストに号泣してしまいます。

ラストに至るまでの途中は、ほとんど覚えていない。

というか、主人公の男が不安でうじうじしているからこそ、
ラストのはためくハンカチが爽快で快感。

ナラタージュも、それまでの葉山先生が、
うじうじ、気持ちがよくわからない男だからこそ、
「幸せでありますように」という、
平凡だけど、わかりやすい言葉が、
大きな意味を持ってくるんでしょうね。

そして、懐中時計の文字に気づかせてくれた後輩くん。

彼こそ、泉の過去をすべて受け入れてくれる大人の男ですね。

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October 09, 2017

『ナラタージュ』についてのお願い

この映画が、映画評論家などに、
“映画らしい映画”のように表現されているのを読みます。

映画らしい映画というのは、
映画館という日常から隔離された暗い空間で、
大スクリーンに映し出された世界に没頭するからこそ
楽しめる映画ということかなと思うのです。

ナラタージュという映画の魅力は、
説明を極力排除して、
観る者の想像に任せる余白を残していることだと思うのです。

だから、余韻を引きずるし、
あれやこれや、想像し、考える。

百人いれば、百通りの解釈や感想が出てくるのは当然。

一つの作品を通して、無限の広がりがあるから、
好奇心がそそられる。

たくさんの映画評論家が評価する理由は、ここにあると思うのです。

映画は、監督が創った作品。

何を残して、何を削るか、
どれほど考えに考えて、完成させたことか。

削られた部分は、観る者の想像に任された余白。

その余白を、原作を読んで埋めようとする人もいるでしょうが、
ファン以外は、そこまでする人は多くはないと思うのです。

原作を読んだ人と読んでいない人で、
感想が違ってくるのは当然ですが、

原作ではこうなっている・・・というように、
具体的な内容を、書かないでいただきたいのです。

原作の具体的内容を書いて、
他の人の想像という楽しみと、
この映画に感じた魅力を奪わないでいただきたいと、
切に願います。

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イッテQ&ナラタージュ

イッテQの田植え潤くん。
素晴らしかったですね。

本番に強い潤くん。
どんどん記録を上げていく潤くん。
14年も前のジャニーズの野球大会での潤くんを思い出しました。

ブルペンでボロボロだった潤くんが、
試合で、素晴らしいキャッチャーぶりだったときのことです。

これがスターなんでしょうね。

練習ではうまくいったんですがねえ・・・
なんていう人は、プロにもスターにもなれないんでしょう。

大勢に見られているということが、自分のパワーにできるんでしょうか。

ところで、先月、テレビ東京で放送されたドラマ『琥珀』。
たまたま見てしまったら、息もつかず、トイレに行くのももったいなく、最後まで見てしまいました。

富山を舞台にして、
西田○行さん、寺尾○さん、鈴木○香さんという、日本を代表する名優3人が、
ほとんど会話だけで進む静かなドラマ。
そして裏には不倫にまつわる人間の哀しみ。

偶然、出会ったおかげで観ることができたドラマですが、
テレビ東京の本気を感じました。

おそらく視聴率はとれないだろうし、
映画でやっても、動員数は望めないだろうけれど、
本物のドラマを創ろう!という理想に、
スタッフもキャストも結集したんだろうなあと思いました。

視聴率がとれなくても、テレビ東京は高い理念を持って作っているという信頼が、
目には見えないけれど、このテレビ局の土台を支えて、成長していくだろうと思うのです。

映画『ナラタージュ』は、このドラマにとても雰囲気が似ていました。

今の時代、観客の動員は望めない題材。
おそらく、松本潤というスターと、
有村○純さんという、朝ドラ主演を終えたばかりのヒロインをキャストにできるということがなければ、
制作されなかったのでしょう。

大衆におもねるのではなく、本気の映画を作りたいという意欲が、
全編に溢れていました。

朝日新聞の映画評で、「ヒットしてほしい」と書いてあったのは、
日本映画界の現状を嘆いていて、
こういう本気の映画こそヒットしてほしいという願いだったのかもと思います。

ドラマ『琥珀』と似ていましたが、
この点は、ナラタージュの方が優れていると思うのは、
主役の3人が、それぞれ、パブリックイメージと逆のようなキャラクターを演じて、
ガップリ四つに組んでいたこと。

葉山先生は、イッテQの俺様キングと真逆。
泉は、かわいこちゃんのひよっこからは想像できない。
小野くんは、目じりの下がった笑顔が印象的な坂口くん。

そんな彼が演じたから、小野くんの怖さが強烈だった。
普段ニコニコしている人が、実は怖いというのは、よくあることで、
監督も、そこを狙ってのキャスティングだったのかも。

イメージと違う役を演じて、それがハマっているほど、
面白いし、
ドラマの質が上がるように思います。

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October 08, 2017

恋ではなかった。。。

昨日の午後1番の回を見てきました。

先入観なく見れるようにと、
原作も雑誌もすべて無視して、
まっさらな状態で拝見しました。

以下、ネタバレを含みます。

葉山先生が登場すると、
変に優しくて、
それでいて、色気ダダ漏れなので、
やらしい、やらしい・・・
やだわ、こんな男。
私は、絶対に好きにならないと思いました。

でも、ストーリーが進むにつれて、
葉山先生の苦しみがわかってきて。。。

この映画の紹介で、
“ずるい大人の男”とよく書かかれていましたが、
ずるくもないし、大人も男でもないと思いました。

人間は弱いから、迷いながら、
そのときどきで、自分にできる精一杯なことをしていると、
一貫性がなくなって、
他人からは、ずるいと思われてしまう。

でも、そんなものだよ。人間なんて。

他人から立派な人と思われているような人は、
実は、自分自身にウソをついて、
立派な人間を演じているだけかもしれない。

葉山先生は、弱くて、幼い男が、
精一杯誠実に生きているんだと思いました。

彼が、泉のことを、「恋ではなかった」というのも、
本心だと思う。

恋というのは、小野くんの泉に対する感情のように、
表側だけを見て、自分の都合よく解釈するもの。

葉山先生にとっての泉は、
恋なんていう生やさしいものではなく、
生きることの絶望から救ってくれた女神のような存在だったのかも。
自分という人間が、この世に存在してもいいんだと、全肯定してくれた人。

絶望していたから、泉の絶望も一瞬で察知できて、
演劇部に誘ったのかも。

葉山先生と泉は、
互いの絶望を救いあう魂で結びついている。

だから、互いの窮地のときは、
すぐに助けにかけつける。

なぜ、奥さんが家に火をつけるまでに至ったか・・・など、
もっと知りたいことはあるけれど、
泉の回想だから、想像の余白を残しているんでしょうね。

家に火をつけた奥さんと離婚して、
新しい人と結婚しても、誰も責めないと思う。

でも、葉山先生は奥さんのところに戻り、
泉とは決別する。

泉と一緒にいても、常に奥さんに対する罪悪感があって、
幸せにはなれなかったのかも。

奥さんとの再びの人生は、贖罪(しょくざい)の人生かもしれないけれど、
一度救われた魂は、常に泉とともにあって、
心は平安なのかもしれない。

別れを決めた後のラブシーン。
こんなに意味あるラブシーンを他に知らない。

互いのすべてを体感できたからこそ、あきらめられる。
名残惜しいけれど、次に向かって、生きていこうとする意志。

最後の懐中時計に刻まれたポルトガル語「幸せであるように」

この瞬間から、私は涙がボロボロと。。。

一日経った今も、葉山先生と泉を想っては、
何度もボロボロして、止まらなくなっています。

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October 03, 2017

ざま~見ろ!と言われたい。

『ボクらの時代』で、30歳になって、あきらめた・・・
と言っていた潤くん。

テレビで言える範囲として、
もっと人に優しく・・・などと言っていたけれど、
それ以外にも、あきらめたことはたくさんあるだろうなあと思う。

でも、人間って、あれもこれもと失いたくないと思うと、
弱くなっちゃうんですよね。

そして、あれもこれもあきらめて、
自分には、これしかないとなったとき、
初めて、強くなれる。

日々、いろんなことが起きて、
そのたびに決断し、
捨てなくてはいけないものも出てくるんでしょうね。

捨てなくてはいけなくなると、
それに関わる人たちもいるでしょうから、
皆に優しく・・・というわけにはいかない。

そんな葛藤の中を生きているかも・・・と思ったりします。

でも、人からどう言われても、これはやる!と決めてうまくいったときは、
ざまあ見ろ!となるんでしょうね。

私は、潤くんに、ざまあみろ!と思ってもらいたいなあと、
常に思っています。

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October 01, 2017

イタイケな潤くんも見たい。

映画『ナラタージュ』、
できるだけまっさらな状態で観たいと思って、
原作も読んでいないし、
雑誌まつりもスルーしています。

ですから、『ボクらの時代』は楽しみに見ました。

行○勲監督とか、野田○次郎さんとか、
才能あふれる人って、
自分を大きく見せようとすることも、
イキガルこともなく、
淡々と等身大の自分をさらしているんだけど、
言葉が尖っているなあと。

才能を磨く過程で、
思考と行動を繰り返すことで、
自分にしかない言葉を創り出していくんでしょうね。。。

行○監督の、お嬢さんとの花やしきの話や、
宝石の撮影時に、先輩の監督をかなづちでなぐりかかろうとした話など、
優れたクリエィターって、
ほとんどの人が見逃す些細なことに、
大きく感情が揺さぶられるんだなあと。

そんな些細なことをいかに豊かに膨らませられるか、
それが、創造の源泉なんでしょうね。

こういう素に近い座談を期待されるような番組では、
野○さんが感じた、イタイケな潤くんを見たいなあと思ったりします。

ところで、潤くんの挫折は、白夜の女騎士とのこと。

でも、そのときの自分ができる限りのことをすると、
その挫折を分析し、
自分の課題がわかり、
さらに、できる限りのことができるので、
挫折こそ財産。

その挫折を、光り輝く財産にできたのは、松本潤という人の力。

白夜の女騎士の千秋楽を、
滂沱(ぼうだ)の涙とともに体感できた私は、
潤くんのおかげで、挫折が怖くなくなりました。

PS:
私は落選しましたが、一緒に申し込んでくれた方のおかげで、東京ドームに参戦できます。
感謝です。

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