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December 05, 2014

Degitalianコンの感想(11月30日京セラ)

Degitalianのコンサートの感想を書きました。
絶賛しか受け入れられない方は、ご覧にならないでくださいませ。
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印象に残ったのは、スタンドを埋め尽くしたファンライトの強烈な光だけ
・・・と言っても過言じゃないかな。

ステージ上に設置された、斜めに向けられたスクリーンや、
メインステージの形に沿って作られたムービングステージなど、
進化した装置で、ステージを盛り上げていましたが、
なにしろ、ファンライトの光が強烈過ぎて、一つ一つの歌とダンスのパフォーマンスの印象がかき消されてしまう。

嵐コンの楽しみは、アルバム曲やシングル曲が、
想像もしなかったような世界観で、コンサート会場に創り上げられること。
今まで聴いただけだった曲が、舞台装置と照明と衣装とダンスなどのパフォーマンスによって、
夢の世界に連れていってくれる。
それも、アイディアに次ぐアイディアで、いくつもの全く異なった世界が次々と繰り広げられていく。

でも、今回のDegitalianコンは、一つのDegitalian ワールドだけ。
よく見ると、一つ一つ考えられ、練り上げられているんだろうけれど、
アルバムで聴いた曲に、新たな命が吹き込まれたと感じるパフォーマンスは、
相葉ちゃんのソロ以外、私にとっては無かったかな。

今までのコンサートでは、ペンライトの光や様々なうちわが邪魔に感じたことはなかったけれど、
今回のファンライトは、最初から最後まで、主役だった。
嵐のステージングを楽しみたい私にとっては、邪魔だった。

確かに、ファンライトの存在とステージは一体化していたけれど、
それは、デジタルという面での一体化。
コンサート会場は、嵐とファンとのコミュニケーションの場でもあり、
だからファンは、様々な工夫をした手作りうちわを持っていくのに、
ファンライトは、2,500円払って、舞台装置の役割をさせられた気分。
だって、自分の意志じゃなく、自動的に色が変えられたりするんですもの。

ヒューマンとデジタルの融合がテーマらしいけれど、
印象に残ったのが、たこやきについてのMCと、
おしゃれしてコンサートに来るファンの気持ちまで語った潤くんの最後のあいさつ(11月30日京セラ)というのも、
デジタル(テクノロジー)を追求すればするほど、
一人一人の心とか体験とか、人間が日々積み重ねてきたものの貴重さが浮かび上がってくるという、パラドックスなのかもしれません。

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