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October 15, 2014

アイドルは大衆の悲しみでできている

蜷川幸雄さんが、アイドルは大衆の欲望の象徴とか集約したもの・・・とか言っていますが、
最近の私は、アイドルって、大衆の悲しみでできているような気がしています。

大大大好きなアイドルを応援したくて、CDやDVDやグッズや雑誌やCM商品を買い、テレビ局にはがきやメールを送るのに、
なんとしても行きたいコンサートは、バッサリ落とされる。
ファンの熱い思いよりも、経済効果が優先される抽選システム。

恋焦がれているアイドルの、噂の彼女を連想してしまう歌を聴かなくてはいけない耐え難い辛さ。

大大大好きなアイドルに対する言動が許せず、アンチ化してしまう悲しさ。

想いが強ければ強いほど、悲しみは深く、
諦めたら楽なのかもしれないけれど、諦めること=熱い思いがなくなることでもある。

人間誰しも、好き嫌いはあるし、
同じ人のファンでも、感じることは様々に違う。

でも、ここ数年の某レビューはじめ、潤くんバッシングが顕著なのは、
コンサートの抽選方法に対する不満が、
コン隊長を自他ともに認める潤くんへの不満に、正当性と連帯感を持たせているように思うのです。

アイドル(その事務所と表裏一体)は、そういうアンチも含め、ファンという大衆の悲しみを飲みこみ、
悲しみが深ければ深いほど輝くものだと覚悟を決めるのか、
夢と希望の象徴として、できるだけ欲望をかなえる努力をするものなのか。
まあ現実は、その微妙なバランスで成り立っているんでしょうね。。。


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