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January 31, 2014

潤くんは世界一のプロフェッショナルです。

さきほども書きましたが、私は息子たちには、
「えらいねえ、頑張っているねえ」としか言いませんし、
潤くんが、息子なら、「本当に本当にえらいねえ、頑張っているねえ。本当にすごいよ。尊敬してるよ。
こんな息子をもって、本当に幸せだよ。誇らしいよ。」を繰り返すのみです。

ですから、「ご自分の子供同様、過干渉すぎるとろくな結果になりません。」
などというは、投稿を読んでいない見当違いです。

私は潤くんを世界一のプロフェッショナルと思っています。
プロフェッショナルだから、よりよい仕事をしようと、あらゆる努力をしていると思っています。

よりよい仕事をするための少しでも役に立てたらと思い、私は星フリをやっています。

甘々、絶賛のみ、大いに結構です。
どんどん、あっぷあっぷするほどたくさんたくさん書いてください。
でも、こうした方がもっと潤くんの役に立つんじゃないかな・・・という投稿も、
大歓迎です。


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ファンはいろんな経験を持っているからこそ素晴らしい!

星フリは、人は自分とは違う感じ方や意見を持っていることを受け入れるサイトです。
それが大人だと思います。年齢とは関係ありません。

潤くんの絶賛しか受け入れらず、そうでないものを批判される方は、
星フリではなく、ご自身の感性に合うサイトやブログに投稿してください。
また、潤くんや嵐にまつわることなら、身内の話もOKです。

私は社会人になった息子たちに厳しいことは何も言いません。
「えらいねえ、頑張っているねえ」だけです。
夫もそうです。
もし仮に潤くんが息子だとしても、同じだと思います。

社会人になったら、世間の荒波が息子を鍛えてくれ、
社会が息子を育ててくれて、本当にありがたいと思っています。

ファンは世間の一つだと思います。
潤くんや嵐とは違う、多種多様な経験を持ち、
いろんな考え方、それぞれ違う感じ方のファンがいるからこそ、素晴らしいんだと思います。


(追記)
私達ファンはこうであるべきだから、
そういうことを書くべきでないということをやめていただきたいのです。

大人というのは、私達・・・ではなく、私はこう思います・・・と、自分の責任で自分の考えを言える自立した人間のことです。

テレビを見ている大勢の中で、潤くんファンは割合からしたらわずかです。
わずかなファンが感じることと、それ以外の大勢が感じることには、大きな差がある場合もあります。

潤くんファン以外は、こんな風に感じるよ・・・と、
いいことも絶賛も含め、なんらかの方法で伝えることも、潤くんを守ることになると思います。

ファンやファン以外が感じることも、千差万別ですし、
それを潤くんが知って、どう解釈し、どう行動するかは、彼次第です。
でも、知っていると知らないとでは大違いですから、
彼なりに、自分を守る言い方や行動の仕方をするのではないかと思います。

私は、それが潤くんを守ることだと思っています。



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January 29, 2014

潤くんが損するよ~。

私も、「大好きだから、なんでもOK! 擁護する。」はナシです。

ただ私の場合は、そんなことをしたら・言ったら、潤くんが不利になるよ・損するよ・・・
というスタンスです。

例えば、ネプリーグの「お前何しに来たんだよ~」は、
キャストの中で、とてもいい雰囲気でやっているから言える言葉だと思いますが、
溝〇くんの熱狂的なファンで、ドラマをとても楽しんでいて、ネプリーグを心待ちにしていた人の中には、
ギョッとした人もいると思うのです。
人気も実績もある大先輩には決して言わない言葉だと思うからです。
ちょっとした言葉や態度に、自分の大大大好きな人への心理的姿勢が表れ、
大ファンであればあるほど、感覚が研ぎ澄まされますから、
急激に潤くんのイメージダウンになります。

こういうことが、嵐の各メンバーの熱狂的なファンの中で長年にわたって蓄積されているのだと思います。

今回のしやがれのスケートでヘルメットをしなかったことは、
全員がヘルメットをしなかったら、何の問題にもならなかったことなのに、
潤くんだけがしなかったため、今まで積もり積もったうっぷんが、
ここぞとばかり発散されているのだと思います。

どんなことにも原因があります。
原因が取り除かれない限り、似たようなことが何度も起こり、エスカレートしていくでしょうね。

(追記)
言葉足らずだったようなので、補足しますが、
潤くんを快く思っていない一部の熱狂的ファンたちが、
潤くんだけヘルメットをしなかったことを批判しているということで、
私は、潤くんがヘルメットをかぶらなかったことをとやかく言っているのではありません。

また、同じことが何度も繰り返し、エスカレートしていくだろうというのも、
一部の潤くんを快く思わないファンたちの、
ネットでの批判活動のことです。
解散につながるとかいうことでは、ありません。

ただ現実は現実です。
そういう現実の中で、どうしていったらいいのか。
嵐メンもファンも事務所もテレビ局も考えていった方がいいと思います。




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January 26, 2014

オーラの源(みなもと)

いろんなレビュー。
あきらかなアンチ活動と思われるものもあるし、
なるほど~と思うものもあるし、
私が他メンファンだったら、同じように思うなあというものもあります。
勉強になるのと同時に、
こんなことを書かれても、潤くんは私たちを楽しませるために弁明することもなく頑張っているんだと思うと、
ファン活動の上でも、仕事の上でも、私も頑張らなくては・・・と、とても励みになります。

嵐にしやがれで、一人だけヘルメットをしなかった件。
ドラマ撮影の合間だったこともあるでしょうけど、
彼はヘルメットをする必要がないと判断したんじゃないかと思うんです。

嵐のコンサートの演出をする上で、安全は最重要事項だと思うし、
あれだけ細かいことまで気にして確認を怠らない人ですから、
番組制作上の、万が一の場合のことも考えていると思うのです。

他の4人は、言われるがままにかぶったけれど、潤くんは自分の判断を優先した。
そういう人だから、他の4人やスタッフを動かして、コンサート制作ができるし、
他の4人はそういう潤くんの指示に従うから、嵐のコンサートが成り立っている。
5人の中では、それでOKでも、
他の4人のファンの中には、そういう関係が面白くない人もいるでしょうね。
潤くんは、そんなことは承知の上で、大きな責任を背負ってやっているのでしょう。

ジュエリーの表彰式、たまたま録画した番組で、
客席にいた潤くんが、名前を呼ばれて立ち上がった瞬間が映されていました。
人に埋もれていた潤くんが、姿が見えた途端、凄いオーラでした。
まさに発光。。。
まぶしいほどの輝きでした。

こういうオーラというのは、評価から逃げないから発せられるものだと思うのです。
数字で評価され、批評にさらされ、
尊敬やあこがれや恋愛感情などの、すさまじい熱量の好意を受けるのと同時に、
それを上回る嫉妬や反感や下劣な好奇心の対象でもある。

次から次へと飛んでくる視線や好奇心や言葉の矢を、
彼の強靭な魂から発する光で跳ね返しているのが、あのオーラではないかと思うのです。
跳ね返すことができず、深く傷つくこともあるでしょうが、
それが人の痛みを理解する懐の大きさとなり、スケールの大きな美しい男性になっているんじゃないかと思います。

そこから、失恋ショコラティエのように、3人の女性とそれぞれ色合いの違う関係を演じ分けるほどの力が生まれてくるのではないかと思っています。


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January 25, 2014

時代を創る(失恋ショコラティエ第2話)

知り合いに会った途端、「ドラマ見てるわよ。ものすごく面白いわ。土曜日に再放送見て、
続きを月曜日に見て、絶対、次も見るわよ。
松潤、いいわねえ。どんどん演技の幅が広がっているし、凄いわ~。」と言われました。

彼女は70代半ば。自宅で仕事をしているので、ニュースやワイドショーをよく見ているし、
ドラマや映画も結構見ている。
私のように、報道の裏にあるものを考えたりするようなこともなく、
テレビで流れているものをそのまま受け止める人なので、
彼女の言葉は、今の日本人の空気そのものだなあといつも思っています。

「石原さとみちゃんも松潤も綺麗で可愛いし、彼女のファッション見るのも楽しいし、
お店もおしゃれでチョコも美味しそうだし、おとぎ話の世界だね。
別に感動するわけでも、考えさせられることもないし、軽くて明るくなるドラマだよね。
とにかく面白いわ~。」とのこと。

そこで、セフレって、どう思います?って聞いたんです。
そしたら、「別にいいんじゃない。あの子、モデルかなんかだよね。
クリエイティブな仕事している人たちって、そうなんじゃないの。
私にはできないし、しないけど、六本木とかそういうところじゃ、そんなもんなんじゃない。」と。

まさか、彼女からそういう言葉が出てくるとは思いませんでしたが、
全然抵抗がないようでした。

私は、セフレって言葉に、もちろんいいイメージを持っていませんでしたが、
2話のエレナが爽太を誘う時の言葉は、とても心に沁みました。
どんなに好きでもいつ会えるかわからない相手を持つ者同士の共感に私も惹き込まれ、
体だけではなく、心と心が結びついた関係だと思いました。
それも心の全部ではなく、それぞれの心の重なり合う部分だけの関係だから、
サエコを妄想しながらのラブシーンも、お風呂の場面も、
それぞれの孤独があってこその切なさがあり、魅了された人たちもたくさんいたのだと思います。

オリヴィエのセフレだねという言葉が一人歩きしてしまいましたが、
100人いれば100通りの心模様があり、
その組み合わせ次第で、あらゆる感情の機微が生まれるのですから、
言葉で簡単に関係を定義づけることはできないと思うのです。
人間は、それほど単純ではない。

ところで、東京タワーでのラブシーンと、
今回のラブシーンでは、まったく意味が違うと思うのです。
嵐も潤くんも、まだ一部の人たちにしか知られていなかった頃の映画と、
国民的と言われるほどの人気者になって、テレビをつければ次々とCMに登場し、
生活の一部的になってしまっている現在の、夜9時台のドラマ。
当然の賛否両論は、潤くんの狙い通りではないかと思っています。

ニノの引き際発言で、時代に合わせる仕事をしているから、そういうものを自分たちで見極められる状態でありたい・・・というようなことを言っていましたが、
私は、時代に合わせる、ついていくだけでは、じり貧になるから、
引き際という観念が出てくるんだと思うのです。
時代の先頭に立ち、新しい時代を創っていくという気概があってはじめて、
トップで居続けられると思うのです。
レディガガを始め、新たな時代を創る人は、それまでの価値観から強い抵抗を受ける。
それをものともせずに果敢に我が道を行くからこそ、輝き続けるんですね。

時代はどんどん進んでいく。
このドラマが中高生に大人気というのは、この世界観を受け入れる下地がすでに育まれていたということですね。
こういうエンターティメントが次々と作られていくのであれば、
現実世界では、人を愛するということはどういうことなのかということも含めた性教育をしていかなくてはいけないと思うのです。
それは、テレビが・・・とか、学校が・・・とか、他者に期待や依存するのではなく、
それぞれの大人が日常生活の中で示していくことだと思います。


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January 24, 2014

中高生に人気の理由(失恋ショコラティエ第2話)

2話で一番好きな場面が、エレナに誘われて、神様に試されている気がすると断ったのに、
妄想の世界で、「ぼく、綺麗なモデルの人に誘われたけど、キッパリ断ったよ」とサエコに訴え、
サエコに、それがどうしたの? キモイというような冷たい反応をされたところ。

サエコは本当に酷い女で、自分がどんなに思い続けても、それに応えてくれるような女でないことは十二分にわかっていて、
それでも好きな自分への自虐的な場面だと思うんです。

無理を100も承知の学生服姿とか、自分を笑い飛ばす爽太のシーンが、とっても可愛い。

ショコラティエとして頑張っているのは、サエコに振り向いてもらいたいだけでなく、
あんな酷い女をあきらめられない自分を正当化するためでもあるんじゃないかなと思うんです。
片方ではダメダメな自分だから、それをバネにして、ショコラティエの分野では誰にも負けない凄い自分になって、
バランスをとるというか、整合性を持とうとする心理かなと。

中高生の間で大人気で学校で話題になっているとか。
こういう自虐的で面白い主人公だから、それが可能になっているんじゃないかと思うんです。
潤くんがカッコいい立派な役だったら、松潤が好きとか嫌いとかになって、それ以上話が進まない。

今までそれぞれが個人の世界で興味深々だったエロイことを、
嵐が、月9で、ダメ人間として、堂々とやってくれているということで、共通の話題となる市民権を得たんでしょうね。
ちょうど、Jリーグや海外リーグなら、個人の趣味の世界だったのに、
日本代表戦となると、共通の話題となって、
結果がどうなるかわからない真剣勝負のドキドキ感が翌日の興奮感になるように、
失恋ショコラティエも、どうなるかわからないドキドキ感があって、しかも登場人物たちがまともじゃなくて、ツッコミどころ満載。
ああだこうだ、いくらでも言える。

そして、妄想という形で、本音を言ってくれるのも人気の理由じゃないかと思うんです。
今まで、親や教師が絶対的な存在だったのが、
中高生ともなると、大人の欺瞞に気づくとき。
綺麗ごとの会話の裏で、エロイことも含めて、実はこんなこと考えているんだということを、
大人気の嵐の松潤や綺麗な女性が、白日の下にさらしてくれるのは、痛快なんじゃないかな。


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January 22, 2014

優しい嘘(失恋ショコラティエ第2話)

エレナと一夜を過ごした翌朝、
仕事仲間とうまくやるために優しい嘘も必要だとオリヴィエに言われて、
薫子に、エレナとはお茶飲んで話していただけと嘘を言う。

好きな相手から優しい嘘をつかれて、
幸せなんだろうか? 不幸せなんだろうか?

薫子は、爽太への思いを、仕事という鎧で覆っている。
自分の本心に向き合うことなく、サエコやエレナに批判的な目を向けるだけだから、
嘘をつかれてしまう。
どんなに長い間一緒にいても、自分の恋心に気づいてもらえず、
他の男にヘアスタイルの変化に気づいてもらっただけで、クラッとしてしまいそうな危うさがある。

一方、エレナには、嘘をつく必要がないだろうと思う。
なぜなら、彼女は自分と向き合って、片思いの哀しさ、孤独をよくわかっているし、
爽太のダメさを受け入れた上で、付き合っているから。

エレナは、心に鎧もつけず、したいと思えば、しようと言い、
爽太との幸せな時間を共有する。

もし、エレナに嘘をつかなくてはいけないときが来たら、
それはエレナとの関係が終わるときでしょうね。

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January 21, 2014

エレナへの感情(失恋ショコラティエ第2話)

原作を読んでいませんし、1回しか見ていませんが、
一番、グッときたのが、サエコがリクドーのチョコを褒めた後、
爽太が嫉妬で吐いたところ。

サエコの付き合った数々の男にも、旦那にも嫉妬しなかった爽太が、
サエコと自分を結ぶ誰にも入ってこれないはずだと思っていたチョコの世界に現れた強敵に、
吐くほど苦しく嫉妬する。
ああ、人間ってこうなんだなあ。。。
自分のプライドをかけたものだけに嫉妬するんだなあと、胸を深くえぐられ、
一見、スウィーツなラブコメだけれど、なかなか噛みごたえのあるドラマだと思いました。

エレナとは、サエコに振り向いてもらうために悪い男になろうと関係を持つけれど、
片思い同士であり、仕事にプライドをもっているという共感だけでなく、
エレナの中に爽太自身を見出したのではないかと思いました。
エレナと関係を持つことで、自分で自分を抱きしめ、癒し、
翌朝のお風呂の中で、本当に幸せそうでした。
恋愛感情は他人に対して持つものだけど、
エレナへの感情は、自己愛に近いのかも。

エレナの存在が、サエコへのドロドロの感情やリクドーへの嫉妬を浄化し、
サエコという、すべてを捧げて攻略したい難敵に立ち向かうエネルギーを再生産しているのかもしれません。

このドラマ、家族そろって観るよりも、それぞれが録画したり、自分の部屋で見たりして、
共通の話題を提供するタイプのドラマかもしれませんね。
人によって感想も違うし、共感する人物も違うし、従来の価値観ではとらえられない斬新さがありますからね。
個々の生活スタイルや好みが違って、ネット依存の比率がますます大きくなっている現代ですから、
これからのテレビドラマのあり方の面白い実験台かもしれません。


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January 20, 2014

ラブシーンの功罪

『はじまりの歌』のメイキングを観ていたら、
最後、花火を見ながら榮倉奈々ちゃんと手を握るところ、
潤くん、監督にいろいろ質問しています。
結局、潤くんは納得したのか、していないのか、わからない感じでした。

私、このシーンだけ違和感だったので、とっても共感。

それまで、それぞれの登場人物の葛藤を丁寧に描いていて、
心理描写が何層にも重なり合い、子供たちの合唱とも相まって、
本当に素晴らしいドラマだと思って見ていました。
なのに、手を握ることで、二人のラブの進行を予想させて、
安直だなあと。

カメラマンをやめて、教師になる夢に挑戦する一大決心をしたのに、
なんだ、もう1回元恋人を好きになっただけかよ・・・と、
教師になる決意も怪しく思われてしまいます。

ラブシーンに定評がある潤くんだけに、安易なラブシーンが入れられる危険性と常に背中合わせなんですね。

そして、この1シーンを除いてとってもいいドラマで、潤くんも素敵でしたが、
この役、潤くんでなくても成立したかもと思います。

一方、失恋ショコラティエ。
テーマはずばりラブ!
しかも、まっとうとも思えないよりどりみどりのラブを描くらしい。
潤くんのキラキラオーラ、恋する切ない表情、職業に対するストイックさ、エロくて綺麗なラブシーン、コメディセンスなどがあってこそ成立するドラマだと思います。

特に感嘆したのが、サエコから、結婚するからウェディングケーキを作ってほしいと言われるときの表情。
内面の泣き笑いがあの複雑な表情に表れていて、本当に本当に素晴らしい!

今まで何度も断ってきた原作者が、潤くんが爽太ということでOKしたそうですが、
きみぺも何度も別の組み合わせでオファーがあったけれど、
小雪さんと潤くんの組み合わせということでOKが出たと聞いています。

漫画家がドラマ化をOKするとき、制作者の熱意など当然でしょうが、
リアルな人間が演じることで、マンガでは表現できない膨らみや深みを期待するのではないかと思うのです。
潤くんは、想像を超える何かが生まれる期待を抱かせてくれるんですね。

マンガの原作者にとって、大事な大事な宝物の作品が、
自分の手を離れて、新たな魅惑をもって大きく成長していくことは大きな喜びではないでしょうか。


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January 19, 2014

憧れの松たか子さん

しやがれのゲストが、潤くんのあこがれの松たか子さん。
女性なのにカッコいいからと。

高校生になるとき、もうここで学ぶことはないからと芸能界デビューを決めたとのこと。
カッコいいというのは、凡人にはなかなか捨てられない無用なものを捨てられることだと思うんです。

松本潤という若くて大人気の俳優・アイドルに慕われて、
その気になる可能性だって、ゼロではないと思うんです。
でも、潤くんは芝居の感想を細かいことまでバンバン言って、
それに対して、演劇助手をしないかと、
男女や友人関係ではなく、仕事の可能性を求めたということですね。

互いの距離の置き方、線の引き方が素敵だなあと思います。
だから長い間、刺激的な存在であり続けているんでしょうね。

潤くんのラブシーンがどんなに激しくても品がよく綺麗なのは、
こんな風に、好きな女性の存在そのものや意志を尊重し大切にする姿勢があるからではないかと思いました。


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January 15, 2014

トコトン行くしかない(失恋ショコラティエ第1話)

失恋ショコラティエ、ある意味、きみぺと同類だと思うんです。
主人公が、女性のペットとして生きることや、
好きな女性とのエロイ妄想満載というのは、
自分が好きな人が演じるのでないと、キモイということ。

大好きな特別な人だから、可愛いらしく綺麗に見えて、
どんどんやって欲しいし、いい面だけがどんどん膨らんで素敵な世界が広がっていく。
でも、一旦気持ち悪いという拒絶反応があると、もうどんなに努力しても、受け入れられるのは無理。

どちらもマンガ原作ですが、マンガなら自分が好きなように想像できるけど、
リアルな人間が演じた場合、イメージと違えば、それだけ拒絶反応も大きいでしょう。

つまり、ものすごく入り口が狭いんですね。
その狭い門をくぐりぬけることができた人だけが、
その世界にハマりこんで、楽しめる。

入り口が広い方が一般受けするし、視聴率も期待できるでしょうが、
失恋ショコラティエは、狭く深く行くしかないドラマだと思うんです。
その奥深い魅力がわかる人たちだけをターゲットに、突き進んでいってほしいと思います。

子供と一緒に見れないとか言う人たちもいるでしょうが、
私なら、まったくOKです。
妄想なんて誰にとっても当たり前のことですし、
今の時代、マンガ、ゲーム、ネットなどで、大人より子供の方が遥かに何でもアリな世界で生きていると言えます。
そんな環境の中で、自分の人生を選択していかなくてはいけないわけで、
選択するとき、一番大きな影響を与えるのは親の生き方であり、親の価値観です。
親が堂々としていれば、子供は安心して自分の人生を生きていけるのに、
こんなドラマ、子供に見せられない・・・とかいう反応をする親なら、
子供は親の小ささを見せつけられてガッカリするのではないでしょうか。

そして、自分はたった一つの人生しか生きられないから、
ドラマやマンガや映画や本などで、いろんな生き方を楽しむんだと思うんです。
フィクションの中では、殺人も戦争も不倫もあらゆることが起きます。
それを見たからと言って、人を殺すわけではありません。

現実とは違うからエンターティメントが楽しいのですから、
失恋ショコラティエで、不倫でもドロドロでもトコトンやってくださいませ。
どんなことでもトコトンやることで、そこから普遍の真理のようなものが浮かび上がってくると思います。


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January 13, 2014

きみぺの切なさ再び(失恋ショコラティエ第1話)

11年前、ドキドキして見たキミぺの初回の切なさがよみがえってきました。

一つ一つの表情、セリフ、爽太の気持ちが痛いほど伝わってきて、
胸キュンキュン。
これぞ松本潤。

やっと、やっと、巡ってきた、わかる~っていうラブストーリー。

潤くん、ス、テ、キ!


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January 12, 2014

”冬はチョコ”にブラボー!

明治の”冬はチョコ”のCM、エクセレント! ブラボー!ですね。
潤くんのこの世のものとも思えぬ存在感が存分に生かされて、
制作者、エライ!

潤くんのCMで明治さんがガッポリ儲かったからか、
お金をたくさん使って作ってくださったようで、
カーニバルというゴージャス感が素敵!
松本潤は、ゴージャスを何倍もゴージャスにする男!

そして、ドSがメチャクチャ似合う!
特に30秒版の、「違う意見があってもいいとは思うよ」と言っておきながら、(この時の流し目が好き!)
「冬はみかん」を許さない徹底ぶりが、キャ~素敵!(ドッキューン!)

ぜひ、松潤ドSを極める!シリーズを追求してほしい。

近頃の日本の男は、草食系とか言って、歯ごたえがない。
筋肉モリモリがセクシーなわけではない。

いい男になら無茶ブリされるほど萌えるんですよ。
潤様になら、何を言われてもいいわ、何をされてもいいわ・・・と、
身悶えさせてこそ、天下の松本潤。

それがエスカレートすればするほど魅力的になる、唯一無二の男が松本潤。
周りが震え上がればあがるほどチャーミングになるんですもの。
今後に期待大です。


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January 10, 2014

熱愛報道

ネットや週刊誌で、潤くんの熱愛が盛んに話題になっていますね。

私の独身時代の会社勤めや結婚後の職場での体験でわかったことは、
仕事場でプライベートなことを言う必要がないから黙っていると、
周りの人はいろいろ想像し、
本当のことではなく、周りの人が本当らしく思うことがどんどん広まっていくということ。
後から、私に関する噂を知って、間違いだらけでびっくりの連続でした。
他人は、私の真実を知らないんだとつくづく思いました。

ですから潤くんについての報道も、真実は本人しか知らないし、
記事は、いろんな事実と想像とで成り立っているんでしょうね。

とは言え、潤くんも30歳。
結婚して、子供を作って当然の年齢。
真剣に考えて行動している可能性は大いにあるでしょうね。

でも、世の大勢の女性たちの恋愛対象であることが仕事のアイドルで、
「好きになったことを後悔させない」と公言している人。
プライベートと仕事の両方で、好きになったことを後悔させないという難題をクリアしなくてはいけない。

縁というのは、ありとあらゆる要素がクリアされた奇跡のような結びつきだと思うんです。
潤くんが結婚する場合、凡人とは比べようもないくらい高いハードルをたくさんたくさん超えないと実現できないでしょう。
それに全面的に協力してくれる相手でないと、どこかで破たんすると思うのです。

なんとか結婚にたどり着いても、結婚生活には想像もつかないような難題が次々と降ってきます。

私たちがファンで居続けられるのは、
作品やイベントごとに、ああ潤くんのファンでよかった・・・と実感し続けるからです。
結婚生活も、難題が起こるたびに、ああこの人と結婚してよかった・・・と実感し続けることができれば、
幸せを感じ、
お互いの運気もアップしていくんだと思います。

どちらも簡単なことではないですが、
だからこそやりがいがあることであり、
ファンと潤くん、奥さんになられる人と潤くん、
ことあるたびに、新たな奇跡を生み続けることで、
お互い、充実した幸運な人生を歩むことができると思っています。


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January 01, 2014

紅白&引き際

昨日の紅白、楽しかったですね~。
綾瀬さんの天然が、本物だと日本中がわかった紅白でした。

プロとしてどうなの?という声もあるんでしょうが、
嵐と女優さんの組み合わせの司会は、
温かい目で見てもらえる初々しさがキモだと思うんです。
4回も連続司会して初々しさなんて・・・と思われるかもしれませんが、
嵐が馴れ馴れしくこなれた司会をするようになったら、魅力がなくなっちゃうように思います。
何が起こるかわからない4時間半の生放送は、予定調和が壊れたときが見もの。
嵐は適切なフォローもできるけど、初々しさも失わない。
貴重な存在だと思います。

で、結局印象に残ったのは、ゴールデンボンバーに皆がだまされたり、
水森さんの大きいことはいいことだとか、
美輪さんのこれを伝えずにはいられないというド迫力とか、
あまちゃんチームの楽しさとか、
ふなっしーがくまモンをどついたところとか。。。

全国に何万もいるゆるキャラの中で頭角を現すのは、
ほのぼのと思われているその他大勢と逆を行く、悪ガキふなっしーなんですね。
ゆるキャラ成功のシンボルのくまモンが、
その売りまくっている熊本県産みかんをこぼして拾い集めているブラック、凄く好きです。

嵐は、このところ毎年、凄いという触れ込みだけど、
どこが凄いのかわからないシリーズですね。
何がイリュージョンだったの?です。

北島さんの紅白卒業は、最後、さぶちゃん!とか、御大!というオーラがなくなって、
ただのおじいちゃんのような表情になっていたのが衝撃でした。
トップを極めると、引き際の美学のようなことを考えるのかもしれませんが、
本音はあの寂しい表情なのかもしれないと思いました。

北島さん77歳、美輪さん78歳。
エンターティメントに年齢はないと思うのです。
美輪さんは、この世に自分がくさびを打ち込みたい強い思いが、ますますの活躍を予感させますが、
このところの紅白で、同じ歌ばかり繰り返し歌っている演歌の大歌手たちに未来が感じられません。
NHK側が曲を決めるのかもしれませんが、どうしても出て欲しい歌手なら、交渉の余地があると思うのです。
また、紅白に出ることがすべてでないと思えば、自分の想いも主張できるでしょうが、
演歌界ではそうもいかないのでしょうか。
それが最近の演歌の衰退の原因の一つかもしれません。

ニノの「自分たちの引き際は自分たちで引きたい。時代の流れに合わせていく仕事をしているので、そういうものを自分たちで見極められる精神状態で働けるグループでいたい」というような発言があったようですが、
引き際を決めるのは時代の流れではないと私は思うのです。(番組の終了などは時代の流れもあると思いますが)
どんなに時代が逆風でも、それでも表現したいものがある、世に問いたいものがあるという強い気持ちがあれば、
嵐をやり続けると思うのです。

ただ、好きな人との結婚をあきらめてまで続ける価値のあることなのかとか、
視聴率至上主義その他でやりたいことができないとか、
5人の中で嵐に対する思いの強さが違ってきたときが問題でしょうね。

それでは皆様、今年もよろしくお願いいたします。


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