« もったいない(FNS歌謡祭) | Main | 潤くんに怒り心頭! »

December 13, 2012

勘三郎さんの死に想う

勘三郎さんのお通夜。
メイクと笑顔という仮面を脱いだ、
素顔の潤くんが見れました。

勘三郎さんに叱られたり、アドバイスを受けたりプライベートの相談をしていたこと。
お別れの言葉を聞かれ、「まだ、かけられないです」と答えた彼は、
私たちと同じ、悩める普通の人間なんだなあと思いました。

友達のお父さんなんだけど、
芸能界の大先輩でありながら、自分のことをライバルと言ってくれる特別な存在。
悲しいというよりも、大きな喪失感かもしれない。

勘三郎さんの肉体は亡くなってしまったけれど、
彼の魂は、常に潤くんと共にあって、
いつでも、心の中で会話ができるのではないかと思います。

というのは、私は父に反発し、父にとっても私は許せない娘だったと思います。
でも、私と二人っきりになったときの最期の言葉が、「世のため人のため頑張れ」でした。
あまりに思いがけない言葉で、その時の私は、そんな大それたことより母をもっと大事にしてやれよと反発心しかありませんでした。

でも、その後の私は、天命と思える仕事に出会い、
気が付いたら、世のため人のため働いています。
こんなに感謝される仕事はないのではないかと自負しています。
仕事の内容は父とはまったく違いますが、
気が付くと、父と同じようなやり方を選択し、
あのときはわからなかった、私に対する父の気持ちや愛情が理解できるようになりました。

年齢と経験を重ねないと理解できないことがあると痛感しています。
生きていれば、おそらくぶつかり合っていた父と娘ですが、
亡くなった今となっては、穏やかな気持ちで父と会話しています。

勘九郎さんや七之助さんは、天才の息子というたいへんな重荷を背負って、
他人にはわからない葛藤があるのではないかと思います。
勘三郎さんの負の部分や激しさをもろに受けてきたのかもしれません。

私も似たような年代の二人の息子の親になりましたが、
親の役割は、不完全な人間である親が、一生懸命生きて、
その生き様を身近で見せることなのではないかと思うようになりました。
子供たちが、自分を反面教師にしたり、反発を感じたりしながら、
それでも残る何かが、子供の中に育っていく。
その果実を見ることはないかもしれないけれど、
何かの機会に親を思い出して、何かの参考にしてくれれば、この上なく幸せなことと思います。


|

« もったいない(FNS歌謡祭) | Main | 潤くんに怒り心頭! »