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March 29, 2005

ラストシーンは、詩史の自立の第一歩?

2月6日(日) 2時9分
いろんな視点、感じ方があって、ホント面白いです。
違いがあればあるほど、ワクワクしてしまいます。

この映画の面白さって、主人公二人のメインストーリーを支えるために脇役が存在するという感じじゃなくて、
登場人物それぞれが、それぞれの人生を生きていて、
それが、東京タワーという一つの映画の中で、交錯しているって感じにあると思うの。
それが、散漫な印象を与えるとも言えるかもしれないけれど、
私には、登場人物それぞれの表のストーリー・裏のストーリーと楽しめて、
一粒で、何度もオイシイ映画だわ~。

友達が、クレーマークレーマーを、
独身の時、結婚したけど子供がいないとき、子供ができてからと3回見たけど、
そのたびに、母親に対する感じ方がまったく違っていた・・・と言っていたの。

東京タワーは、その人の状況によって、千差万別な感じ方があるし、同じ私が見ても、そのつど、別の感想を持つんだよね。
この映画を見て、評論家の批評なんて、さしたる意味がないように思えてきた。
だって、それは評論家一個人の感じ方に過ぎないのであって、
たくさん映画を見ているからと言って、たくさんの感性があるとは限らないものね。

ところで、↓で私は、詩史は残酷な女の子・・・と書きましたが、
見方を変えれば、
何もかも捨ててパリに透を追っていったのは、
夫の庇護の元から飛び立って、仮面を脱ぎ捨てて、貧しい透とゼロから出発して、オモチャではなく、本当の意味の男女関係を築こうとしたのかもしれませんね。
隣の駅まで行ってしまったのは、大人への一歩なのかもしれません。
ミツコの悪友は、透と子供ができるかもしれない・・・って言っていたし。

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